「又小脳までゆかずに、其一歩手前で滞溜する場合があります。之が脊髄膜炎であります。
嗜眠性脳炎によって小脳に迄侵入した膿は、図《図 1
》の様な経路をとって排泄され治癒されるのですから、恢復時は目脂や鼻汁に血液が混入してウンと出るのであります。
此病気で死ぬのは、どういふ訳かといひますと、患部を氷冷する為で、其為に膿が排泄され損ねて脳内で固まって了ふからであります。
以前、脳脊髄膜炎を治した事がありますが、十位の男の子で熱がどうしても冷めない。で、後頭部の中央を触るととても熱い。そして圧すと痛がる。子供も其所を気にしてゐるので、そこを浄化し始めたら順調に全治したのであります。
之がもっと進んで頭脳の中へ入ると、脳膜炎又は嗜眠性脳炎になる訳で、脳膜炎の方は膿が悪性で、嗜眠性の方の膿は毒血との混合で弱性であります。脳膜炎など罹りたてに来れば必ず治ります。以前医師に見放されて一週間も昏睡状態を続けた脳膜炎の五才の男子の患者を元通りに全治した例があります。」
(「嗜眠性脳炎、脳膜炎、脊髄膜炎」療講 S11.7.)
「脊髄膜炎などは治療すれば解消して下痢などになって出る、出はじめれば必ず治る。」 (特別講習会御講話 S15.11.9)
「又脳脊髄膜炎といふ病気がある。之は高熱と共に、後頭部から延髄附近へかけて痛み又は引吊る如く硬直するといふ、非常に苦痛を訴ふるものである。以上の如き病勢が執拗に持続し、食欲も不振となり、終に衰弱、死に到るのである。此病気の原因は、嗜眠性脳炎の一歩手前ともいふべきもので、即ち、毒素が小脳内に流入する迄に至らないで、その手前に集溜固結しようとするのである。故にこれが夏季炎天下に晒さるれば、嗜眠性脳炎となるのである。そうして脳脊髄膜炎も治癒に向ふ際は、その毒素は頗る多量の鼻汁となって排泄せらるるものである。」
(「脳疾患」明医二
S17.9.28)
「(中略)脳脊髄膜炎は、嗜眠性脳炎と酷似したもので、ただ異る所は、嗜眠性は膿が小脳中に流入するに対し、之は延髄附近で停止固結し、それ以上には進行をしないのである。従而、症状は延髄から脊柱へかけて硬直し、首は棒の如く前後へは曲らない。勿論高熱、頭痛、食欲不振等によって衰弱死に到るのであるが、本医術によれば、一二週間にて全治する。(中略)」
(「脳疾患」天
S22.2.5)
「(中略)脊髄脳炎も解説するが之は日本脳炎の一歩手前といってよく、毒素は延髄部だけに集注固結するのである。何となれば冬に起る病気でそれは頭脳を夏季の如く炎天下に晒さないからである。然し此の症状は延髄部が日本脳炎より固結甚しく、首の前後運動は全然不可能となる。といふのは日本脳炎の如く毒素が小脳に侵入されないからである。(中略)」
(「日本脳炎は果して蚊の媒介か」自叢十 S25.4.20.)
「(中略)冬期に起るのが脳脊髄膜炎である。之は日本脳炎と同様、延髄附近に毒素が棒状に固結するが、之は夏と異い日光に晒らされてゐないから、中途で止まるといふ訳である。此病気の特異性は右の如き棒状の為、首は前後に動かず、恰度丸太棒のやうな形でよく判るのであるが、此経過も日本脳炎と同様であるから略す事とする。(中略)」 (「腎臓病と其他の病」文創 S27.)
「(中略)又之(日本脳炎)に似た病気に脳脊髄膜炎がある。之も発病するや延髄部に棒状な固りが出来、首の運動が不能となって、作りつけの人形のやうになるからよく分る。つまり此病気は日本脳炎の手前と思えばいい。之も浄霊によれば簡単に治るが、医療では固める結果反って重症となり、生命の危険にまで及ぶのである。」
(「脳疾患」医革 S28.)
「(中略)秋に発病するのは、日射が弱いから毒膿が日本脳炎の個所まで昇らず、脊髄の個所で止まる。これが脊髄脳炎である。」
(「講話集補」 S23.)
「脳脊髄の特徴は、延髄が張り、首が曲らない。之が溶けて頭へ入るのが日本脳炎。」 (「講話集補」 S24.2.16.)
「脊髄脳炎は後頭部へ来て固まる。きっと治る。耳朶の後ろの凹所へよく固まる。よく運動さすとよい。時々やればよい。それで治る。」 (「講話集補」 S25.1.16.)
「(中略)毒は脊髄の附近(多く両側)の毒が段々昇る、頭へ入って(中略)小脳が嗜眠性、後頭部へ溜るのが脊髄膜炎、その少し下へ溜るのを脊髄癆などといふ。」 (「未定稿」年代不詳)
「脳脊髄膜炎は根気よくやる。」 (「講話集補」年代不詳)
《浄霊》 後頭部、延髄部、耳朶の後ろの凹所、頸部、 脊柱及び脊髄の附近(多く両側)